金原亭馬生の魅力と、おすすめ演目

落語

こんにちは。

今回はいささか地味ながら、にじみ出る味わいのある十代目 金原亭馬生師匠をご紹介します。

金原亭馬生の魅力

スルメ感がいい

決して派手さは無いんだけれども、噛めば噛むほどにじみ出る味をお持ちです。

志ん生のように天衣無縫・破天荒でもない、圓生のようにとことんストイックでもない、談志のように思想家でもない、志ん朝のようにイナセでもない、圓楽のように豪放磊落でもない。
どっち方面にもとんがった所がない、そんな独特の丸みをおびた個性。

遊びというと、飲む・打つ・買うという、
みっつに、絞られますな。
えー・・・ところがまあ、
残念なことに日本は「買う」というのが、無くなりました。
なかには「有るよ」って方がいますが、
私は大変そういうことは疎いもんですから、
それぁ・・・よく分かりません。

といったふうに、あえて控えめな風を出しすことでウケるのが似合います。

親子兄弟ということでよく比較されるのが志ん生師匠、志ん朝師匠です。

両者ともキメるところでしっかり笑わせに来たり、サッとかっこいい、イナセな風を吹かせたりと一瞬の切れ味が持ち味の噺家です。

そこんところ馬生師匠の落語の手触りはちょっと違っていて、ゆったりとした気持ち良さが常に漂っているのです。

にじみ出る人の良さが良い

声とか、語り口が、どうにも上品で、優しい感触です。
森本レオのようなソフトな声質・口調という訳でもないんですが、どこか優しい感じがするんです。

マクラなんかでも人をやっつけるような言い方を極力避けているように思われます。

志ん生師匠の一家の長女である三濃部美津子さんの著書で『三人噺』という本があります。

一家の生活を思い出しながら書かれた本で、家庭での父・志ん生の姿や、弟である馬生、志ん朝の幼い頃からの姿を知ることができ、ファンにはとても楽しめる本です。

その『三人噺』によれば、馬生師匠は幼い頃から穏やかで物静かで、引っ込み思案で、優しかったといいます。

また志ん生師匠が満州へ慰問に行ってしばらく戻らなかった時期には周りの噺家からひどくいじめられながらも、家族の大黒柱として、辛抱強く働いていたらしいです。

そういった苦労や、持って生まれた人柄にもよるのでしょう。非常に語り口が柔らかく、しんしんと染み込んでくるような味わいがあります。

酔った演技がいい

馬生師匠は、酔っ払いの登場する噺をよく演られます。

これがとても上手。

酔っ払ってる「風」がリアルなのはもちろんですが、特にいい気分になって酔っている人物をやると、実に楽しそうで、こっちまで幸せになります。

「お前さんはお燗は上手だねェ。他のことは下手だけど。
ウー膨れるんじゃァない褒めてるんですよ。
それじゃマ、頂きますよ。
・・・アー、うまい。
誰がこんなもの考えたんだかねぇ・・・
探し出してひどい目に合わしてやりたいねぇ本当に・・・
今ねぇキューって言ったよ聞こえたろ?
聞こえない?
耳が遠くなったんだねぇ。
・・・アー
胃袋が驚いてる。
もう入ってこないなっとあきらめてる所へ、
こんばんはッっと入ってったもんだからね。
あァーらどうしました!? なんて
やってる最中だよ。
・・・楽しいねェ本当に・・・
・・・アー
なんか寿命がスーッと延びたよ。
・・・また嫌な顔する。
お前はアタシが寿命が延びたってぇとキット嫌な顔する」

こちらは「親子酒」からの抜粋。
酒が喉をすべり落ちて、胃袋でゆっくりと温かさが広がる様子。そしてジンワリといい気分になっていく様子。

ドンチャンやる酒はともかく、こういう静かに飲む酒を演じさせたら馬生師匠の右に出る人はいないでしょう。
ホントに日本酒の似合う噺家さんです。

金原亭馬生の、オススメ演目

親子酒

倅の酒癖がどうにも悪くてしょうがない。この酒を止めさせなければ、いつか身代を持ち崩す。そう心配した父は一念発起。
自分も酒を止めるから、お前も禁酒をしなさいと約束します。
これが効いて倅は酒を止め、仕事にも身が入りますが、隠居の身分である父は、酒がないと退屈でしょうがない。とうとう我慢ができなくなり…

「お、お婆さん。
ちょいと・・・エーとねぇ・・・何となく寒気がするんだよ。
イヤ医者を呼ぶほどじゃない。
薬?・・・イヤ薬は・・・
そういうもんじゃなくてこう、飲んで体を温め・・・
なんか・・・飲んで温まるものはないかね・・・?」
「葛湯はどうでしょう?」
「・・・葛湯ね・・・
サッパリしたもので無いかね?」
「みかんのお湯」
「アノ・・・ちょっとね、お湯からちょっと離れましょう。
ネ、えー・・・あるでしょ。飲んでこうポーッとなってこう・・・
・・・分からないの?
そういうことになるとしらばっくれる。
アタシに言わせないで、お前の方からこういうものはいかがでしょうと・・・
こっちを見なさいこっちを。
アノネ、例えばこう・・・こういったようなもの」
「なんですその手つき?」
「アノネ、
世の中にはこうやって飲むものはいくらもありませんよ。
あたしゃこうやって醤油なんぞ飲みゃしない」

志ん生師匠のバージョンでは確か「あたしゃこんな格好して硫酸なんぞ飲みゃしない」でした。

あえてココを控えめに「醤油」としている所がシブいですね。
馬生師匠の語り口にも合っているし、突飛さが無くなり、より自然なボケになっています。

志ん生師匠の場合はひとりでゴキゲンになってる大旦那とおかみさんの対比が鮮やかで面白いですが、馬生師匠の場合は、大旦那に酒が染み込んでいくに従いシミジミといい気分になっていく様子が味わい深いです。

志ん生から受け継いだ大味な滑稽噺を、ダシの効いた、噛み締められる演目へと発展させた手腕。
コレはやはり地味にスゴいことだと思います。

笠碁

碁仲間の旦那二人。
今日はひとつ「待った無し」でやってみようと取り決めますが、言い出した方がさっそく「ここ、一目だけ待って・・・」
「待ってくれ」「待てない」の言い争いから大げんか。
それからしばらく顔を合わせずにいましたが、二人とも暇でしょうがない。ついに我慢が出来なくなり、雨の中を菅笠かぶって出て行く・・・

「五年前の暮れの二十八日、午後六時。
あなたはその土間へ、まるで、幽霊のように立った。
どうしたんです?
どうしてもこれこれのお金がなければこの暮れは越せません。
そりゃぁ大変だ。誰が困るのもおんなじこと。
さあ、お立替をいたしましょう。
あなたぁ喜んだ。
人間てのはこう喜べるかと思うくらい喜んだ。
覚えてらっしゃいますですかな。
「覚えてます。
あれで、私の家は立ち直りました」
「そうでしょう。ネ。
この石をひとつ・・・」
「イエ、待てません。
その話を聞く前だったら待ったんですけれども、
その話を聞いているうちにちょいと待ちにくくなりましたな」
「そうですか?
アーじゃあ伺いましょう。
あの時にあなたはですよ、
二十日正月までに返せます、とはっきり仰った。
アナタ二十日正月に来た。
返さないじゃないですか。そうでしょ?
二月までお待ちを願います、
その時にアタシが待てないと言いましたか!
喜んで待ちました!
それから比べりゃ何ですこの石・・・
こんな物が待てない訳ゃ無いじゃないですか」

正直、けっこう地味な噺です。

大旦那二人が、さぐりさぐりしながらの口喧嘩。

決して大爆笑はありませんが、ジワジワくるおかしさ。徹底して薄味なところが粋な演目です。

やはり馬生師匠は、熊さん八っつぁん与太郎や、道楽者の若旦那よりも、大旦那やご隠居の滑稽さを演じるのが上手いですね。

目黒の秋刀魚

世の中を知らないポーッとしたお殿様。
ある日、突然遠乗りを思い立って、家来を引き連れて目黒へ。しかし突然のことだったので、誰も弁当を持ってきていません。
その頃の目黒はド田舎。食べられるような店も無し。困り果てていると百姓がサンマを焼いている。家来がそれを譲ってもらってさあ食べようとなるが、お殿様はサンマなど見たこともない。

魚だから赤くて、ぺっちゃんこなものだと思ってるところへ、
真っっ黒なやつが出てきた。
それも良いんですがね、これこそ焼きたて。
もぅー・・・まだ脂がちゅぶちゅぶちゅぶちゅぶ・・・
横っ腹へもって消し炭がくっついてまして、
まだ煙が出てブスブス燃えてようてんですから、こらァお殿様驚いた。
「これ・・・食しても大事ないものか?」
「・・・天下の美味でございますぞ」
「これが天下の美味か? さようか・・・

これは美味である!!!」
おいしいでしょうそりゃぁネェ。
どう考えたっておいしい。
ペコペコなんですから運動して。
本当ならばおむすびだっておいしいくらいなもんで。
そこへ焼きたての、秋刀魚の旬を生まれて初めて青空の下で食ったんだから
こりゃァうまい。
「代わりを持てッ! 代わりを持てッ・・・

この演目をやる噺家さんは多いですが、馬生師匠のサンマが一番美味しそうです。
特別なことをやってるわけじゃないんですが、いちいち実感がこもってるんですよねぇ。

他には、お腹をすかせたお殿様が空を見上げるとトンビが飛んでいて

「あの鳥は、弁当を食したであろうか・・・」

おそらく単なる滑稽なシーンなんですが、馬生師匠が言うと、生き物への共感・慈しみみたいなやさしげなニュアンスが漂ってくるから不思議です。

まとめ

以上、
噛めば噛むほど味が出て、人の良さがにじみ出ていて、酔っ払いの演技が抜群にうまい、金原亭馬生師匠のご紹介でした。

まずは「親子酒」「笠碁」「目黒のさんま」から、聞いてみてください。

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